2011年04月30日

太陽光発電モジュールを載せたすごい車

宮田電工では、
いつも大変お世話になっている
ユーズネットさんの

ちょいcam
(このマークもすっかりおなじみとなりましたね。)

の内装電気のお仕事をさせていただいております。

施工担当の安藤です。

細かい電気の仕事(マニアックな玄人好みの仕事)
が大好きなアイデアマンです。
この「ちょいcam」の開発時にも
ちょっとお手伝いをさせていただいた経緯から、
今でも内装の電気工事をさせていただいております。
この笑顔からもわかるとおり、
趣味の延長で、仕事ができて楽しい!!」
が口癖です。
(そんなお仕事を提供していただいている
ユーズネットさんに感謝です。)
この仕事は、大量生産できるわけでもなく、
機械で据え付けるわけにもいかず、
1台1台、ひとつひとつのパーツを組み合わせた
すべて手作業のまさに
職人技の詰まったものなのです。


1台1台を丹精込めて作り上げるという
コンセプトを持った、この「ちょいcam」は、
車作りにとことんこだわる、
ユーズネットさんの姿勢の象徴ともいえる
車なのではないでしょうか。

こんな、狭い場所に・・・

こんなに整然と・・・


入るんです。
仕上がりの全体は、こんな感じです。




軽自動車とは思えない装備で、
中も広々としています。
キャンピングだけでなく、
釣りやちょっとした小旅行にも十分活用できる
アイデア満載の「ちょいcam」です。
ぜひ、一度、直接ご覧になってください。


もし、
「宮田電工株式会社」という表示のトラックが止まっていましたら、
安藤さん!」と声をかけてください。
ちょっと顔は怖いですが、
やさしく何でも教えてくれます。

ちなみに
何か困ったことがあったら、ぜひお尋ねください。
電気だけでなく、テレビ、オーディオ、
おもちゃなど、家中何でも解決してくれる
頼れるおじさんです。
(私は、壊れた子どものおもちゃは全部、
弊社の安藤に直してもらっています。)  


2011年04月28日

太陽光発電やオール電化等の研修を行いました。

今日、役員以外の全社員(事務員も参加、
私を除く役員は会社で電話番、でした。)
で、太陽光発電オール電化をはじめとする
様々な商品知識の向上販売力強化
目的とした三菱電機の主催する
研修会に参加してきました。
 朝9:30から夕方6:00近くまで、
びっしり組まれたカリキュラムに、
一人も寝ることなく(?)
熱心に学びました。

(熱心に話を聞いています。)

 座学においては、
商品知識だけでなく
販売の際の訴求力を高める方法
などを教えていただき、
実習では、
IHクッキングヒーターでの実際の調理を
行いながら楽しく学ぶことができました。


(IHクッキングヒーターの使い方を聞いています。)


(熱心にパンをこねています。)


(こんなふうに並べました。)


(焼きあがりです。
ふっくら美味しいパンが出来上がりました。)


(60歳を超える中山が厚焼き卵に
挑戦しています。)


(見事に焼きあがりました。これが、
IHクッキングヒーターの実力です。
中山の実力は・・・)


最後に、「三菱電機」に対するイメージは変わったか?
との問いに対し、ほとんどの社員が手をあげました。

今回の研修で感じたことは、
「よく知る」ということが、
愛着を生む前提であるということです。
これは、人と人との関係においても
全く同じことがいえるのではないでしょうか。

つまり、接見回数や話す時間が多ければ多いほど、
その人のことを知れば知るほど、
人はその人に対し、好感を持ち、
愛着を持つ可能性が高いということです。
 そのプロセスを経て、自分自身を知ってもらい好きになってもらう。
そういう取り組みこそが大切であるということです。
弊社の社員はそのあたりのことを十分理解していたようで、
一生懸命質問を繰り返していました。

今後もこのような研修を多く続け、
本当の意味で
お客様に必要とされる会社へと
大きく強く成長していきたいと考えます。

最後になりましたが、
三菱電機のみなさま
心のこもったおもてなしを
誠にありがとうございました。
多くの学びを得ることができました。


(講師を囲んでの記念撮影です。
全員ネクタイ着用です。
キリッとして大変かっこいい
弊社の誇るべき技術者たちです。
これからもよろしくお願いいたします。)  


2011年04月16日

東北大震災復興支援③

4月15日、朝、日本三景松島の宿舎を出発。
宿舎から眺める海は大変美しく、
あの大津波が嘘のように穏やかでした。

しかし、一歩踏み入れるとそこは地獄絵図のよう。
延々と続く光景に何ともいたたまれない
気持ちにさせられます。





本日の目的であった豚汁の炊き出しは、
石巻港近くにある焼肉の「牛角」駐車場にて
行いました。
自衛隊の給水車もそこでは活動をしていました。


慣れない手つきで準備している我々を見つけた
多くの住民の方々が、
「何時からですか?」
「何をされるんですか?」
と聞きに来られます。

11:30分開始のアナウンスによって、
住民の方々が集まってこられました。
しかし、実際に配り始めたのは
12時近くでした。
経験不足の我々の時間の読みの甘さにより、
皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。
配布時に、
「味は保障できません。
遅くなってすみません」
と、申し上げると、
「いいのよ。本当にうれしいわ。
気持ちだけでもうれしいわ。
ありがとう。」
と皆さんにお声掛けをいただきました。


あっという間に、寸胴鍋3個分がなくなりました。
驚いたのは、
皆さん、ご家族の人数分だけをおっしゃって、
また並んでもらうという方が一人も
いらっしゃらなかったことです。

なぜなら、
皆さんで分け合おうというお気持ちがあるからです。
ある女性の方は、
「私は家がまだあるからいいほうなんです。
来週月曜から仕事にも復帰します。
会社は水没しましたが、
とりあえず出社します。
ありがたいです。」
と笑顔で話されます。

具が少なくなってしまっても、
誰も何も文句を言いません。
「いいのよ。
ありがとう」
いつもお礼を言われます。
本当に頭の下がる思いです。

片づけて帰途についたのが、
16:00頃。
自宅には、午前1時ころ到着しました。

今回の支援活動で感じたことは、
①②で述べたこと以外に、

1、支援は誰でもできる。
2、支援はいつでもできる。
3、支援は必要とされていることを
  調べ、対応するのが良い。
  (現時点では、女性用下着、子供用お菓子、
  炊き出し、我々が最も簡単にでき、
  喜ばれると感じました。)
4、支援はできることをすればいい。
5、支援は実は公的機関を頼らないほうがいい。
  (現地の公的機関は壊滅しています。
   他の地方自治体職員が、
   窓口を務めている場合も多く、
   安全面や衛生面が確保できない場合、
   問い合わせても許可が下りなかったり、
   支援物資を受け取ってくれなかったりする。)

最後に、今回の支援活動に参加するに当たり、
弊社関係者は、
「頑張ってこいよ。」
「俺の分まで頼むよ。」
「気を付けて。」
と気持ちよく送り出してくれました。
社長という立場で、
実際には何が起こるかわからない、
被災地での支援活動というものに、
参加するということは、
会社にとっても大きなリスクとなります。
その点も踏まえ、
私に復興の支援をしたいという
思いを託してくれたことに感謝したいと思います。

無事に豊田に戻ることができました。
皆様、ありがとうございました。
今豊田市は景気が悪いだけ。
ぜいたくな悩みなんだ。
そう思わなければ罰が当たる。
そんなことを仲間と話しながら元気に帰宅しました。

 実は4月15日は私の40歳の誕生日でした。
このような記念すべき日を
復興支援のために使うことができたことに感謝します。
また、そのことを聞きつけた
(社)豊田青年会議所・杉浦理事長より直接
お電話を頂戴しました。
豊田商工会議所青年部の役員の方々からも、
出発に際し多くの激励をいただきました。
多くの仲間より、
ねぎらいのお言葉も多数頂戴しました。
ありがとうございました。
「惑わず」復興支援に参加を希望し、
現地の方々と笑顔で話すことができたこと、
本当によかったと思っております。
状況が許せば、また参加したいと思います。
みんなが本気になれば、
一人ひとりの負担は軽くなり、
より大きな力となると、確信しました。

最後になりますが、
亡くなられた被災者の方々の
ご冥福をお祈りするとともに、
現在もそしてこれからも戦い続ける
被災者のみなさまの一日も早い復興を
心よりお祈り申し上げます。  


2011年04月15日

東北大震災復興支援②

14日、午後12時ころ石巻市に到着し、
豊田から送られてきた物資を運びこみました。
(最初場所を間違え、旧青果市場に行ってしまいました。
そこは、なんと死体の仮安置所だったのです。)
見渡す限りの棺の列。
これが、この震災の現実なんだと
本当に悲しい思いになりました。)

豊田青年会議所のメンバーが、総勢13名、
一所懸命運びました。






その後、増渕小学校という拠点小学校に
物資を届け、




今回この支援にアドバイスを頂いている、
地元塩釜の青年会議所OBの阿部先輩から
復興支援へのアドバイスをいただきました。
(写真真ん中です。
左は、青年会議所の大竹アドバイザーです。)



以下、その内容をまとめます。

①女性用下着が、最も不足している。
サイズや種類を分け、ひと箱に一種類だけ入れてほしい。
何がどれだけ入っているか明確にしてほしい。

②継続的な支援、特に平日の炊き出しがうれしい。

③短時間でいいから現地に来てほしい。

④直接被災者と触れ合ってほしい。

⑤生き残った人々が、生きる希望を持てるような
雇用の確保など、現地で仕事を確保してほしい。

私たちにできることは何か。
しっかりと考えたいと思います。

  


2011年04月15日

東北大震災復興支援①

13日の夜9時、
私影浦は、豊田青年会議所のメンバーとして
東北、宮城県石巻市に向けて出発しました。
直接、豊田青年会議所が集めた支援物資を届け、
豚汁の炊き出しを行うためです。

たまたまその話を聞きつけた、
豊田商工会議所青年部のメンバーである
お菓子処花月の砂原泰輔君が、


「どうしても気持ちを届けたい」
「賞味期限の問題もあり、
倉庫に眠ってしまうかもしれない
お菓子は郵送では送れない、
でもなんとかおいしいお菓子で
少しでも被災者の心に潤いが生まれれば・・・」、
そんな気持ちを私に託してくださいました。

菓子組合の皆様も賛同いただき、
沢山のお菓子を
直接届けることができることとなりました。



そのお菓子屋さんは以下の通りです。
・お菓子処花月様
・福寿園様
・松華堂様
・ふるさと様
・三河屋様
・三好屋様
・アンジュ様
・ソルボンヌ様
(順不同です。)

途中、休憩は2回のみ。
ガタガタになった高速道路に
戸惑いながら、


朝、8時ころ気仙沼に到着しました。
こんな状況です。





飛び込みで気仙沼小学校に行ってみました。
自衛隊も多く常駐していたその小学校では、
お風呂も用意されている避難所でした。



そこで直接各お部屋を回って
お菓子を
お届することができました。
やはり、和菓子や洋菓子というのは
こちらではぜいたく品だそうで、
なかなか手に入らないそうです。
皆さん、
「こんなおいしそうなお菓子は久しぶりだ」
「ぜいたくだ」
「遠くからわざわざ持ってきていただいて本当にうれしい」
子どもたちも、
「わーっ、おいしそう」
と飛びつきました。
驚くほど喜んでくださいました。
「今度はふかひれ食べに来てね。」
「カップラーメンくらいしかお土産あげられないわ。」
そんな冗談で私たちをもてなしてくださいました。
一部屋20人以上も入り、プライバシーも全くない過酷な環境の中で
強く優しく生きていらっしゃる被災者の方々にとって
このお菓子は、本当にうれしい心のこもったプレゼントになりました。

お手紙を入れてくださったお菓子屋さんもあり、
皆さんにお読みいただきました。
お菓子組合の皆さまの思いは
確実に被災者の皆様に届いたように思われます。








ちなみにここにはこの日、
あの大相撲の元貴闘力、
大嶽親方(元)が焼き肉のふるまいをするために
来られていました。

以下、気仙沼から石巻に至る街の風景です。
「筆舌に尽くしがたい」
衝撃的な風景です。







海岸線を南下しました。
見渡す限り、このような光景です。
うそのような本当の日本の姿です。

以下続きます。